夜に満ちる

同棲中。事後。



 ふらりと重心を失った頭が肩にのしかかる。素肌に押し付けられた額は冷たい汗をまとっている。まだ抜けきっていない熱を持て余している自分とはまるで、事情が違っていた。青白いのであろう背中にそっと指先で触れる。やはりそこも秋の夜の水辺だった。
 鎖骨にかかるゆっくりとした呼吸だけが命を帯びている。
「……トモ」
 砂がさざめき、寄せた波間が静かに砕けて消えていく。
 彼を自分にもたれさせたまま、タオルで首筋と背中をそっと拭う。耳元には触れないように慎重に。
「……ありがとう」
「うん」
 その返事は規則的な息づかいに取って代わる。目を閉じて耳を傾ける。
 真っ暗な部屋にあるのは夜の光だけだった。閉め切った空間には濃密なものが満ちていて、一度空になった頭の中の光景をまた塗り潰されそうになる。
 こんなつもりじゃなかった、自分は大丈夫だから、などと彼は言うだろう。
 幾度目かの呼吸に合わせて額ががくんとずれ落ちる。慌てて背中を支えてゆっくりその身を横たえる。
 軽かった。
 薄いブランケットを引っ張り上げ、いつも彼が自らそうしている場所まで持っていく。額にくっついていた前髪を一束ずつつまんで剥がし、滲んでいたものを拭う。白い頬が淡い青さをはらみ、黒い睫毛が影を作る。
 ベッドからゆっくりと降りて窓辺へぺたぺたと歩く。かちゃりと錠を回して四角い窓を引く。流れ出ていくものにため息をつく。再び色付きかけた頭の中の景色は、アスファルトと夜に覆われていった。
 こんな日でも、朝が来てしまう。