題名のない回顧

将来の話。



「俺たち、ついにここまで来ちゃったな」
 翔琉は片手を腰に当てる。ふうと吐き出された息に合わせて肩がすとんと落ちる。
 その横顔は出会った頃に比べて幾分柔らかくなったが、眼光は鋭さを増したように思う。丸い瞳が時折、ふいに研ぎ澄まされた切っ先のように光り本質を抉り取っていくことが目立ってきた。それでも根底にあるものは変わらない。
 自分はどうなのだろう。
 翔琉と同じように空の舞台を見やる。据えられたグランドピアノが天井からのライトに照りつけられ黒く艶めき輝きを放つ。奏者を待ち望む姿だった。
「リョウ……あのさ、今まで信じてくれてありがとう」
 燎は瞠目した。それはこの上ない報酬だった。
 翔琉は変わらず舞台を眺めている。その瞳に半分影が落ちる。
「リョウがいなかったら俺、どうなってたかなって。昨日突然思っちゃって。おかしいよな。今まで全っ然そんなこと考えたことなかったのに」
「……怖いか」
「え? あ〜……うん、もしかしたら……そうなのかも」
 翔琉は歯切れ悪く笑って少し項垂れた。
「無理もない。世界が見えてるんだ」
「リョウは……怖い?」
「どうだか。緊張はしているが、正直言うとトモが心配で怖気づく余裕がないな」
 冗談めかして語尾を軽くしてみせると、翔琉はさすがリョウさんだなあとこぼした。
「トモ」
「ん?」
「信じさせてくれてありがとう」
「え?」
 紛れもない本心だった。
 その場限りの音楽の根底に不変不滅があること。堅牢さの上に成せる創造があること。混沌に躊躇なく飛び込んでいけること。恐怖の中にすら常に希望が見えていること。
「ありがとう、翔琉」
「――――うん」
 世界が待っている。