墓穴を掘って呪詛を知る

三月。学年最後の日。



 教室に残って友達と喋るか、先に一人で出て待ち合わせ場所に向かうか。私はちょっとだけ考えて一人になることを選んだ。
 クラスの女子達は皆いい子で、何を話しても楽しく話題が尽きることはない。新作コスメ、今週のヒットチャート、SNSで流行ってるスイーツ。でも今日は何となく気が乗らなかった。
 こういう気分を感傷というのだろうか。柄じゃない。私は荷物をまとめて席を立ち、このクラスの最後の日を終えた。
 バッグの持ち手を左肩に掛け、下敷きになりかけていた後ろ髪を持ち上げて流す。軽すぎて落ち着かない。滑り落ちそうになるハンドルを握る。

 お昼前で終わった解放感に正門前は賑わっている。両脇を飾る桜並木が温かな日差しと微かな風にふわふわと花を揺らしていた。SNS用に写真の一枚くらいは撮っていこうかしら。私は集団から逸れて左奥の方へ足を向けた。

 頭の中でスマホを構え、上を見ながら歩く。桜は満開になったばかり。花々の集まりはこんもりと丸くまとまって、ほっそりした枝の上に並んでいる。隙間には淡い水色の空。
 良さそうな場所を見つけて私はバッグからスマホを取り出そうと左下を向いて、どきりとした。目に入った金髪とバッグの口に何度か視線を往復させる。
 ロランは少し離れたフェンスに身体を預けて立っていた。右手で左肘を抱く、よくやる仕草だ。鞄を地面に置いたままぼんやりと上の方を眺めている。
 私はバッグに突っ込んでいた手を下ろして、半歩踏み出した。
 ざり、と爪先が硬い地面をこする。いやに大きな音のような気がして私は顔をしかめてしまう。でもロランがこちらに気付く様子はない。ゆっくりと、少しずつ、確かな鼓動が胸からせり上がってきて喉元まで届きそうだった。バッグの中のスマホがやめてと主張する。
「こんな所にいたの」
 私は抗えなかった。この一年で幾度となく彼にかけてきた言葉を、今日も口にしてしまった。意味なんてとっくにすり切れて、もうただの挨拶みたいになっている。
「そうだね」
 当然ロランの返事に意味なんてないことも知っている。
「こんな所だけど、いい所だよ」
 ロランは姿勢をそのままに顔だけをこちらに向けた。その拍子に、透けそうなくらい細くて柔らかくて長い金髪がさらりと揺らいだ。明るいスカイブルーの瞳がまばたきの奥できらきらと瞬いて私を捉える。飲んだ息の音すら聞き取られてしまいそうで、私は口をつぐみ視線を逸らした。
「綺麗だね」
「そうね」
 風はほとんど吹いていない。ふっと外れた花びらがひらひらと漂って、その一つが金色の髪に降りるのがはっきりと見えた。
「取ってくれるんじゃないのかい?」
「……え?」
 気付くと私の指は宙を辿っていた。ハッとして胸元に押し当てる。
「輝」
 ロランの声のトーンがひとつ落ちる。柔らかな声がさざめいて、胸の奥を揺らした。
「しょうがないんだから」
 私はパッと手を出して彼の耳の上にくっ付いていた花びらをつまんだ。
「はい。これでいいんでしょ?満足した?」
「うん、ありがとう」
 ロランは本当に満足したかのように微笑んで、また上の方に視線を投げかけた。
「ねえ輝。桜の下に死体が埋まってるって本当かな」
「またそういうことを。おとぎ話でしょ?」
 ロランの言葉はいつだって呪いだった。美しいものの裏には必ず影があると繰り返し教え、私をゆるやかに縛った。そして君は自由だよと優しく笑って腕を解く。私が離れられないのを理解した上で。
 死体が埋まっていると知っていても私が土にまみれたスコップを手にしてしまうことを。毒に濡れたフォークで自らケーキを食べてしまうことを。
「どうなんだろうね。僕は結構信憑性があると思うんだけど、どうだろう」
「私にそれを振るの?」
「君の話が聞きたいからね。でも」
 ロランはフェンスから身体を離してこちらに向き直り、私の手を取った。そしてその手ごと私の耳元に近付けて髪を縛るリボンの結び目に押し込んだ。つまんだままだった花びらが指先から離れ、ロランの手からリボンへと移る。
「そろそろ待ち合わせの時間なんじゃない?」
「そうね」
 私はなかなか定まらない視線を校舎の掛け時計に合わせて頷いた。後ろ髪を整えてバッグを掛け直し、正門へ踵を返す。
 少し、髪を切ろうかと思う。