ほんと無理

双子カプ。こじらせMAX+思春期の煌真ちゃん。両親捏造あり。




「煌真〜、そろそろ暁起こしてきてくれる?」
 母の言葉に煌真の顔がゆがむ。
 は? んなもん嫌に決まってんじゃん、という返事をどうにか飲み込み、無表情を作ってから振り返る。母はこちらに背を向けたままリビングの椅子に腰掛けていた。テーブルに化粧品を広げ、鏡に向かいせっせと手を動かしている。息子の反応には最初から興味がなかったみたいだ。
「……はーい」
 母の真上にある壁の時計を見る。朝九時。家を出る時間までまだかなり余裕がある。自分で起こしに行けばいいのに、と心の中で毒づく。
 けれどここで母の機嫌を損ねると色々めんどくさいことになる。家族そろって出かけるのはいつぶりかわからないくらいに久しぶり。しかも行き先のショッピングモールはちょうどセール中。自分も買いたいものはあるし、正直言うと親がいるのでちょっと高いご飯が食べられるチャンスでもある。煌真は苛立ちを打算で塗りつぶし、とりあえず返事だけして二階へ上がった。

「はあ……くっっっっそだりー……」
 階段を折り返したところで、胸の中に溜まりに溜まった毒を吐き出す。
 何でいつもいつもオレに頼むんだよ。自分で行けよ。このあと二階に服取りに行くだろ。そんときついでに起こせよ。弟だからーとか、話しやすくてつい頼んじゃうのよねー、じゃねえよ。オレが話しやすいのは女の子にモテるためだけなの。親だからって職権乱用すんなよ。
 てか父さんは。あー、庭か。土ほじくり回して何が楽しいんだろ。寒いしだるいし汚れるだけじゃん。ご近所さんからちょっと褒められたからって調子に乗ってさ。花は推しのためのものだろ。おっさんの自己満のためじゃないっての。そんな暇があんならオレの代わりに働け。今すぐ働けキリキリ働け日曜の朝くらいダラダラさせろよオレは忙しいのあーどいつもこいつもムカつくムカつくムカつく!!
 全部こいつのせいだ!!

 ドンドンドン!
 階段を上り切り、正面のドアに拳を叩きつける。考えれば考えるほど腹が立った。後で母親に何か言われそうだけどもう知ったこっちゃない。起きないのが悪いし、人をこき使うのが悪いのだ。これくらい許してもらわないと割に合わない。
 はあ。
 ため息をつく。当然のことながら反応はない。いびきの一つも聞こえやしない。これはガチオブガチの爆睡モードだ。今すぐドアに蹴りを入れたい。ベッドごと外に投げ飛ばしてやりたい。

 頭の中でぷちぷちと音がしているのがわかる。
 ゆっくり息を吸って、吐く。
 吸って、吐く。
 吸って、拳を握る。
 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコン
「あーもーうっざ! 起きろ!!」
 連打した右手ごと体当たりする形で、煌真は暁の部屋に押し入った。ベッドの脇をずかずかと通り過ぎて勢いよくカーテンを引き開ける。自分と同じ広さの部屋。同じ大きさの窓。見える景色も同じ。でも自分と違ってどこもかしこも地味だった。こんもりと盛り上がった布団も。
 差し込んだ朝日が小さなホコリを照らしてきらきらしている。それを見た瞬間、当たり散らしたいほど荒れていた気持ちがふっと怒りを通り越した。そして、「あ、そういえばこいつの部屋見るのも久しぶりだな」と思ってしまった。
 そうじゃないそうじゃないそうじゃない!!

 何を血迷ってんだオレは! 拳をぎゅっと握って首を振ると、掛布団を引っ掴み力任せにぶん投げる。宙を舞った布団はベッドを飛び越え、ばさっと音を立てて床に落ちた。諸悪の根源はしばらくじっとしていたが、さすがに何かがおかしいと気付いたらしくモソモソ動き出す。
「煌……」
「知るか! そんなヤツいないっての!」
 煌真は返事も聞かずに背を向けた。薄く開いた目をもろに直視したら気が狂いそうだった。一直線に階段へ向かう。

「――っくしゅん! 何であんなやつのためにオレが苦労しなきゃなんないんだよマジ無理ありえない」
 自分の部屋ともリビングとも違う空気だったからか、くしゃみが出た。下を向くと買ったばかりのカーディガンがちらつく。一瞬でも「ちょっといい服着てこうかな」と思った自分がバカだった。でも今更テキトーな服に着替えるのもありえない。
 起こしたよー、と母に形だけの報告を済ませ、ソファに飛び込みブランケットにくるまる。スマホを開くとSNSのホームには女友達の楽しそうな写真。検索画面には秋のモテ服をうたったサムネイルがぎっしり。三秒でスマホをロックし、ブランケットを頭まで引き上げた。
「……ほんと無理」